4Kで甦ったジャミロクワイ「Virtual Insanity」をもっと楽しむための5つの雑学
投稿者 :ミュージックレッスンラボ編集部
印象的なミュージックビデオ(MV)で1990年代後半に一世を風靡したイギリスのバンド、ジャミロクワイ(Jamiroquai)の曲「Virtual Insanity」。動く部屋のなか、独特のステップで飄々と踊るジェイ・ケイ(Jay Kay)の姿は、直訳で「仮想の狂気」という意味深なタイトルやSF的退廃を感じさせる歌詞の内容とも相まって多くの方の記憶に強烈に刻まれていることと思います。
1996年のリリースから25年を経て、このMVが4Kレストアされ9月9日(日本時間9月10日)にジャミロクワイの公式YouTubeチャンネルで公開されました。
不鮮明だった映像がくっきりし、ジェイ・ケイの表情もはっきりしましたね!
ついでに虫もツヤツヤになっています。
また、リリックビデオも新たに制作され公開されています。
今回はこの曲に関する雑学をご紹介します。
もくじ
これは有名な話ですが、この床が動いているように見えるMV、実際に動いているのは壁の方です。椅子やソファは壁にくっついており(後半では壁から切り離されて床に固定されます)、さらにはカメラも動く壁側に固定され撮影されているため、床が動いているような錯覚を与えているのです。
壁の裏側でスタッフ30人がかりで壁を押していたというエピソードもあり、CG合成どころかなんともアナログな手法で映像が撮影されていたことに驚かされます。
この画期的なアイディアはMVの監督を務めたイギリスの映画製作者、監督、脚本家のジョナサン・グレイザー(Jonathan Glazer)の発案です。
彼が手掛けたMVとしては他にもレディオヘッド「Street Spirit」「Karma Police」、リチャード・アシュクロフト「A Song for the Lovers」、ブラー「The Universal」、マッシヴ・アタック「Karmacoma」などが知られています。
「バーチャル・インサニティ」の歌詞の世界観はジェイ・ケイが来日公演のときに見た札幌の地下街の光景にインスパイアされ生まれました。これは英語版のWikipediaや今回の4Kリマスターを手掛けたScansmithsでも言及されています。
ジャミロクワイのフロントマンであるジェイ・ケイは南アフリカのメディア「Mail & Guardian」に2013年に掲載されたインタビュー記事のなかで、「これまでの曲作りで最も強いインスピレーションを受けた出来事は?」という質問に対して下記のようなことを語っています。
特に思い浮かぶのは、初めて日本を訪れたときに書いた「Virtual Insanity」だ。視覚的にもクレイジーな場所だった。ホテルに滞在していた僕らは、外に出てぶらぶらしてみたかったんだ。通りを歩いてみると、雪が降っていて、どこにも何もなかった。完全に砂漠のようだった。それから階段を降りてみると、そこには巨大な地下街があってすべての生命体がいた──みんな地下で生活していたんだ。
引用元:Mail & Guardian
サビの「We all live underground」という意味深な歌詞は、実はこんなところから来ていたのですね。
ジェイ・ケイが訪れたと思われる当時のさっぽろ地下街は「オーロラタウン」と「ポールタウン」で構成されていましたが、その後には札幌駅前通地下歩行空間(通称チ・カ・ホ)があの東日本大震災の翌日2011年3月12日に開通し、現在ではその地下世界はさらに拡大しています。
もし彼が今再びこの場所を訪れたら、一体どんな印象を抱くのでしょうか。
1997年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで「ビデオ・オブ・ジ・イヤー」を始め数々の部門で賞を獲得した「Virtual Insanity」のMVは、他の多くのアーティストにも大きなインパクトを与えました。
中にはこのビデオにリスペクトを込めたオマージュやパロディも作られています。
代表的なものはアメリカ合衆国の歌手オースティン・マホーン(Austin Mahone)がラッパーのピットブル(Pitbull)を迎えた「Mmm Yeah」のMVや、ロサンゼルス出身の4人組ガレージ・パンク・バンド、フィドラー(FIDLAR)の「40oz. on Repeat」(MVの1分57秒頃から)が知られています。
また、日本でも2010年に放送された日清カップヌードルのCMでこの「Virtual Insanity」のMVの映像がそのまま使われ、替え歌で歌われたことも話題となりました。
斬新なMVがとかく話題となりがちですが、アシッドジャズというジャンルの金字塔ともいえるこの曲には、音楽的にも優れた“おいしい”ポイントが多数あります。
まず印象的なのは楽曲の中で終始印象的なリズムで演奏されるピアノ(キーボード)の伴奏でしょう。
左手のベース音に続いてシャッフル(=跳ねたリズムのこと)した16分の裏拍で鳴らされる右手の和音がクールです。
コード進行もとてもオシャレです。少し専門的な話になってしまいますが、音楽的に自然でスムーズに聴こえる「5度進行」やベースの「半音進行」を軸に進行しながら、楽曲中でアクセントとなるコード「m7b5(マイナーセブンスフラットフィフス)」や、和音の響きが複雑になるテンションノートが非常に効果的に用いられており、ジャズや高度なポピュラー音楽理論への精通が伺えます。ご興味ある方はぜひ「Virtual Insanity Chord」などで検索をしてみてください。コード譜が見つかると思います。
「バーチャル・インサニティ」はジェイ・ケイと、バンドのキーボード奏者であるトビー・スミスが作詞作曲者として共同でクレジットされています。
キーボードのトビー・スミス(Toby Smith)はバンド初期の1992年からジャミロクワイに参加し、ジェイ・ケイとともに優れた楽曲を多数生み出してきましたが、2002年に家族との時間を大切にしたいという理由でバンドを脱退。その後は別のバンドをプロデュースするなど音楽活動を続けていましたが、病気のため2017年に46歳という若さでこの世を去ってしまっています。
ベーシスト、スチュワート・ゼンダー(Stuart Zender)の存在も見逃せません。演奏テクニックはもちろんですが、ベースラインの流れや休符、ゴーストノートの入れ方にも天才的なセンスを示し、この曲のファンキーなグルーヴを支えています。彼に憧れてベースを始めたという方も多いのではないでしょうか。
そんなスチュアートですが、ジェイ・ケイとの確執から2018年にバンドを脱退。その後のジャミロクワイのサウンドは打ち込みも多用されるなどよりエレクトロ・ファンクの色を強めていきました。
ジャミロクワイはヴォーカルのジェイ・ケイを中心として1992年に結成されました。バンド名はジャムセッションの“Jam”と、アメリカ・インディアンの一部族“イロクォイ(Iroquois)族”に因んでいます。
ジャミロクワイはジェイ・ケイの個人ユニットのようにも見えますが、一応はドラムやベース、キーボードなどがいるバンドの形態をとっており、初期メンバーにはオーストラリアの先住民族であるアボリジニの伝統楽器ディジュリドゥの奏者も在籍するなど編成面でも異彩を放っていました。
ジャミロクワイは1980年代にイギリスのクラブシーンから登場したアシッドジャズというジャンルの中で強い存在感を発揮し、1993年にリリースされたデビューアルバム『Emergency on Planet Earth』はいきなり全英ヒットチャートで1位を獲得。「Virtual Insanity」が収録されたのは1996年のサード・アルバム『Travelling Without Moving』で、これはファンク史上最も売れたアルバムとしてギネス世界記録にも登録されています。
しかし、実質的にはジャミロクワイはジェイ・ケイのソロプロジェクトと捉えられているのが現実のようです。
「Virtual Insanity」のMVでは最初のサビの部分でバンドのメンバーがほんの10秒間程度登場していますが、彼らの役割は「壁がぐらつかないように抑える」というものでした。
Main Photoは、Fabio Venniによる『Jay Kay at the 2006 Lovebox festival』の一部切り抜きです。
出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jamiroquai-JayKay.jpg