音楽が映画の印象を決めてしまうことはしばしばあります。たとえ音楽を前面に出した映画でなくても、独特な雰囲気を醸し出す芳香剤として音楽が作用していることはよくあります。
そのような場合は、映画を思い出せば頭の中で音楽が流れますし、その音楽が流れれば映画の雰囲気を思い出すでしょう。
今回取り上げる地域は「イタリア・スぺイン」です。テーマはそれぞれでも、登場人物の性格や社会背景の描写に、情熱とユーモア、アモーレ、自堕落など地域の持つ性格がそのまま溢れ出ている作品が多くあります。
名作がたくさんありすぎるイタリア・スぺイン映画ですが、そのなかでも音楽が印象的な作品を6本選びました。使われている音楽は、しっかりと映画の空気を作り出しています。個性際立つイタリアとスペインの映画をご紹介します。
もくじ
「左翼の民主主義だ」と、労働組合員ネッロがまくしたてながら始まるこの映画。ある革命を起こす内容の作品ですが、コミカルなトーンで物語が進んでいくので、わりとすんなり受け入れられます。
革命を起こすのは精神障がい者の監督官を任されたネッロと当事者たち。協同組合を設立し、会議では運営方針を平等に決定していきます。とはいってもなかなか理想通りにはいかず、それぞれの特性と個性を持つ彼らの方向性を一にするのは至難の業。殴られるはモノを壊すわでハチャメチャ状態です。
最終的には、ネッロが粘りづよく当事者や社会と向き合うことで、それぞれの能力をフルに活かした仕事を獲得。精神障がい者の人たちが、庇護される代わりに失っていた自立心を取り戻していきます。
この映画のすごいところは、実話がベースになっているところ。数々の不確定要素を乗り越え理想を実現できたのは、イタリア男ネッロのパッションによるところが大きかったのではないでしょうか。
しかし、映画は一本線でハッピーエンドに向かうわけではなく、とんでもなく重くて辛い問題が後半に提起されます。これも実話ならでのリアリティが伴っていますので、ぜひ映画を観て考えてみてください。
ところで音楽ですが、ピヴィオ&アルド・デ・スコッチがいい仕事をしてくれています。原題(Si Ouo Fare:あなたならできる)と同タイトルのテーマ曲は、12弦ギターの間の抜けたようなフレーズから始まり、コミカルかつテンポのよいトランペット、バイオリン、トロンボーンのユニゾンに繋がります。これが、まさにちぐはぐだけど勢いのある協同組合の雰囲気にぴったりなんです。
また、アイリーン・フォーナシャリが歌うエドアルド・ベンナートの『どこにもない島』がクライマックスで流れ、人生賛歌としての仕上がりは満点といったところでしょう。
イタリア映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニの代表作で、カンヌ国際映画祭ではパルムドールも受賞している作品。何度となく見返している方も多いのではないでしょうか。内容といえば、イケメンのゴシップ記者マルチェロの恋愛情事を楽しくリズミカルに描写するというもの。
マルチェロは、恋人がいるにもかかわらず上流階級の貴婦人やアメリカの有名女優などを相手にお戯れ。高級ナイトクラブやセレブの大邸宅などできらびやかなやりとりが繰り広げられます。
セレブの浮かれた生活をさらに際立たせるのが、パパラッチの存在です。彼女らにつきまとっては写真を撮りまくります。じつはパパラッチの語源はこの映画からきています。やぶ蚊を意味するイタリアの方言から、うっとうしくつきまとうゴシップ記者をパパラッチと名付け、その象徴としてカメラマン、パパラッツォ(パパラッチの単数形)として登場させたようです。
セレブとそれを取り巻く人々の、浮かれていて退廃的な生活を描くとともに、盛り上がった末の父親の落ち込みや、すべてを手に入れたような友人の自殺など、要所要所に熱を冷ますような出来事が象徴的に挿入されます。一見乱痴気騒ぎの毎日の描写に始終するこの作品ですが、じつはフェリーニの手腕はこうした象徴を挿入するところに認められます。
作品では、音楽の影響が絶大です。ニーノ・ロータ作曲の『甘い生活』は、優雅かつスリリングで小気味のよいメロディで、セレブたちのテーマとしてしっくりきます。
作品中でテイストを変えて何度となく流れ、テンポや雰囲気を演出します。また、乱痴気騒ぎで使われているマンボの『パトリシア』 はエレクトリックオルガンのサウンドを使った冴えた曲。モダンで洗練された雰囲気を演出します。どちらも名曲で、映画を観た人ならしばらくは頭の中でリピート、いい感じで余韻が楽しめるでしょう。
「イタリアの雰囲気を醸し出す映画」と聞かれて、真っ先に思いつくのは『ゴッドファーザー』ではないでしょうか。でも実は『ゴッドファーザー』は、監督のコッポラや俳優のアル・パチーノ、デ・ニーロと同じイタリア系アメリカ映画です。
ニューヨークのマフィア、コルレオーネ・ファミリーの2代にわたるドン(ヴィトー、マイケル)の、家族愛や甲斐性を描いた物語で、3部構成になっています。
映画のなかでは、イタリアのシチリア島が出てくるシーンが度々あります。第1部でマイケルが抗争相手のマフィアを銃殺して逃亡するシーンや、第2部でヴィトーがアメリカに渡る前のシーンなどです。時代や場所を行き来するほか、台詞もイタリア語と英語が混ざっていてスケールの大きさが感じさせられますよね。
『ゴッドファーザー』といえば、登場人物のキャラが立っているのが大きな魅力。ヴィトー・コルレオーネ(マーロン・ブランド/ロバートデ・ニーロ)やマイケル(アル・パチーノ)、そしてソニー(ジェームズ・カーン)やトム(ロバート・デュヴァル)など、家族愛・男気溢れる兄弟、どの役柄も独特な存在感を醸し出しています。パーティーや会食や会合のシーンが頻繁に登場し、男が惚れる男がずらりと勢ぞろいします。
映画全体の雰囲気やイタリア系男たちの存在感を醸し出すのに一役も二役も買っているのが、ここでもニーノ・ロータによる『ゴッドファーザー・ワルツ』や『愛のテーマ』といった劇中音楽です。今では映画を飛び出して、どこかしこで演奏されている名曲ですが、やはりこの曲が流れると『ゴッドファーザー』のなかの陰影深い雰囲気に包まれます。
イタリアの労働者階級の鬱積した暮らしが描かれた作品です。武骨で不器用な鉄道員、アンドレアの物語。
彼は根は真面目で男気がありますが、短気でけんかっ早い、おまけに酒好き、といった欠点多きキャラクター。いつも酒を飲んでいて不機嫌なアンドレアは、ときに妻や娘に手を出すこともある典型的なダメ親父です。長女のジュリアは身ごもっていますが、アンドレアは相手が誰かも知りません。ジュリアと恋人は結婚。結局流産してしまい、結婚生活はギクシャクします。
一方、アンドレアは特急を運転中に投身自殺者を轢いてしまい、それを引きずり赤信号を見逃すミスを犯します。これがきっかけで停職、部署移動となり悶々とした毎日を送ります。そして、ジュリアの不倫が発覚し、激怒したアンドレアの暴力がきっかけで家族がバラバラになってしまうのです。
自暴自棄になったアンドレアはストライキの際に、自分だけ裏切って電車を運転するという暴挙に出ます。これが仲間からの信頼を裏切り、アンドレアはついに完全に孤立してしまいます。
そんな家族や友達との心の断絶を回復させるのが末っ子のサンドロです。無邪気で正義感が強いサンドロは、「大人の事情」をある程度察しながらも、大人がいえない秘密を双方に振れてまわり、結果的に心の橋渡し役を果たします。
映画の大半では不穏なトーンの曲が流れ、時に観ていて苦しくなるほどですが、印象的で明るい歌が流れるシーンがいくつかあります。クリスマスの酒場のシーンでは、アンドレアの弾くギターに合わせて大合唱。同じ歌の大合唱が、再び家族や仲間が集まるクリスマスのシーンで挿入されています。
このシーンからはイタリア人の家族や仲間との親しさ、オープンな性格がよくわかりますが、対照的に描かれるメインシーンでのアンドレアの孤立が一層際立つものとなってます。
次にご紹介するのは、スペインの映画です。『タンゴ』、『サロメ』に続くカルロス・サウラ監督の舞台メタフィクションです。
作曲家でピアニスト、イサーク・アルベニスの組曲『イベリア』に感化されて作り上げられた作品だけあって、全編音楽に沿って進行。前作『サロメ』で主演を務めたフラメンコダンサー、アイーダ・ゴメスが出演するほか、世界的ダンサーや歌手、ギタリストが超一流パフォーマンスを披露します。
それだけでも十二分に見ごたえがあるこの作品ですが、どこまでが現実でどこまでがフィクションかわからない緊張感でヒリヒリします。
アクター・アクトレスたちの身体表現は圧巻で、音楽とダンス、歌唱は、台詞よりもよほど直接的に欲望や怒り、悲しみを表現することがわかります。とりわけ、一流ダンサーによるタップの応酬は見ごたえかあり、タップスがパッショネートにリズムを刻めば、否が応でも観ている人の感情は高ぶるでしょう。
映画の諸要素からは、地中海文化圏に潜む熱い魂が見て取れます。オレンジ色の光や、プロジェクションされた月などの舞台演出、演奏者、ダンサーの表情や身体美、一挙手一投足を捉えたカメラワークなど、この作品を観れば、実際の舞台を観るよりもどっぷりとフラメンコの世界にのめり込めるはずです。
今回ご紹介する映画の中で、最も地域の人々の生活に肉薄した作品ではないでしょうか。姉妹と娘、母親、叔母、友人といった女性の関わりが描かれていて、特にスペイン人女性に根付く人生観が垣間見られる作品になっています。
主軸となるのはペネロペ・クルス演じるライムンダが、絶縁したまま亡くなった母親と、再び赦し合うというものです。絶縁の理由が衝撃的ですが、同時にライムンダや娘、友人などに起こる出来事がどれも強烈で、これを乗り越える女性たちの強さ、女性同士の絆が描かれます。
これ以外にも、身にまとっている原色の衣服や、ややおおあじな手料理、この地域の男性のだらしなさや女性の強さを際立たせるモチーフが多く出てきます。
じつはこの作品は、タンゴの楽曲『ボルベール』が題材になっていて、劇中でもライムンダが娘の希望を受けて、長らく歌っていなかった『ボルベール』を披露するシーンがあります。
とても情熱的な調子で歌われるこの曲の歌詞は、「忘却の彼方に置いてきた過去と、勇気を持って再会を果たす」というもの。これを聴いて心を震わせるのは聴衆や娘だけではありません。亡くなったはずの母親が、草葉の陰から自分の教えたこの歌を聴いて涙を流し、まさに映画のテーマがここに結実します。
いかがでしたでしょうか?同じ土地の人々を描くのにも、時代や切り取り方によってこれほど多様なものになるのですね。一方、イタリア・スペインといった地中海に面した地域に暮らす人々に共通して宿る、熱いパッションや愛が改めて浮き彫りになったのではないでしょうか。
名作は繰り返し観ることで、毎回新たな発見があると思います。ご紹介した作品は、どれも使われている音楽が流れるのを耳にする機会も多いでしょう。どこかでテーマ曲が流れるたびに、映画のシーンや雰囲気が想起され、そのたびに作品への理解や愛が深まっていくのをお楽しみください。
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