産業や娯楽の分野では、AI(人工知能)が快挙を成し遂げたとの話題が次々と耳に入ってくる昨今ですが、人間の専売特許と考えられてきたクリエイティブな領域にもAIは進出してきています。
自動で絵を描いたり小説を書いたりと、思いもよらない速度でAIが発展を遂げるなか、音楽の領域についても、いよいよ人間の聖域とはいえなくなってきました。
たとえば音楽制作の現場では、マスタリングやミックスなどの重要なパートで、コンピュータの手を借りることは一般的になっていますし、AIを活用したDJプロジェクトを展開するQosmo(コズモ)のような企業も出てきています。
AIが作曲をすることが現実的になった今、音楽制作や流通は今後どうなっていくのでしょうか?AIによる作曲を体験できるサービスも紹介しながら、最近のAI作曲事情を紹介していきます。
もくじ
今年1月に大阪大学COI(イノベーションセンター)が、脳波にもとづいて自動作曲するAIの開発に成功したと発表しました。このAIは、曲のジャンルや曲調などを特に指定することなく、その人の脳波から快不快を読み取ることで、メンタルを活性化していくような音楽をリアルタイムで作曲します。
リラックスや気分向上といった音楽を聴くことの根本的な目的を、AIによる自動作曲がうまく達成してくれることへの驚きは隠せませんが、じつは脳波という数値を解析して、その場にふさわしいコンテンツを生成することは、AIが最も得意とする種類のものです。
このプログラムは音楽療法やヘルスケアの分野で、ストレス解消や気分の高揚を促す目的のほか、集中力を高めて能力を引き出したり楽しんだりといった、音楽による効能を最大化することができるでしょう。
今や、自動作曲はアプリでもある程度うまくやってくれます。たとえば、カシオによるiPhone/Androidアプリ「Chordana Composer」では、鼻歌や口笛の録音や鍵盤入力から、思いついたモチーフを2小節分入力し、ジャンルや曲調といったオプションを選択するだけで、メロディ以外のパーツ含めた一曲丸ごとを自動生成してくれます。
2年前にアプリが出た当初はほんとに衝撃を受けました。楽しんで作曲するにはこれで十分なレベルだといえるでしょう。しかし、最近のAIによる作曲はさらなる展開を見せています。
余談ですが、上の動画の途中で出てくるミニサイズの鍵盤はMiseluのワイヤレス音楽キーボード。EYS音楽教室を運営するEYS-STYLEの役員吉川欣也氏がオーナーの会社だったりもします。
AIの研究開発で最先端を走っている企業のひとつにグーグルがあることはいうまでもありませんが、彼らはオールラウンドでAI開発に取り組んでおり、芸術創作に関するものでは「Magenta」プロジェクトがあります。
去年の6月にはこのプロジェクトから80秒のピアノ曲が公開されました。AI作曲のこの曲は、音楽のていはなしているものの、プロの作曲家のものには程遠いといった印象がありましたが、その後もMagentaは進化し、人間とAIがジャムセッションするなど面白い試みを続けています。
ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)の、AIによる作曲プロジェクト「FLOW MACHINES」では、楽曲データベースに登録された楽曲の旋律とコード、歌詞をもとにした曲のスタイルを選択して、アーティストの特徴を継承した曲を生成します。
こうして作曲されたものがいくつか発表されていますが、たとえばビートルズのスタイルから制作された「Daddy’s Car」を聴くと、ビートルズが新曲を出したと錯覚するかもしれません。
多少人間の手が入るとはいえ、「AIの作曲もここまできたか」という印象です。こうしたAIが作曲した曲を収めたアルバムが2017年にリリースされる見込みです。AIと人間がオリコンチャートで競い合う日も近いかもしれません。
先月、400万ドル(約4億5600万円)の資金調達を成功させて話題に上ったのは、AIによる自動作曲サービス「Amper Music」。Webブラウザから数クリックで誰にでも音楽が創れてしまうのが特徴です。
音楽素材を手軽につくるのことは、まさにAI作曲に求められていることで、サービスへの市場の期待は大きいです。これと並ぶ有名自動作曲サービスには「Jukedeck」があり、どちらのサービスもほぼ手間いらずで、AIがいい感じの音楽をつくってくれます。
ミュージシャンが手間暇かけて作曲するのをAIが完全に代替してしまうとすれば、ミュージシャンのなかにはAIの作曲能力向上に「職が奪われる」脅威を感じているかもしれません。
「X JAPAN」のドラマー、YOSHIKI氏は、近い将来、AIが人間の作曲家のライバルになることは十分あり得るとの考え方を示しています。五線譜に並んだ音符の構成である作曲は、AIによる計算によって成り立つというのがその理由です。
独創性があるように見える音楽も、過去に創られたものになんらかの影響を受けていると考えられますので、AIが過去の音楽を学習することによって、いずれは生成可能となるでしょう。
ただし現時点においては、市場に流通している音楽のクオリティを完全自動作曲で実現しているものは見当たりません。しばらくはAIと人間の共存関係が続きそうです。
AIには身体性がなく、楽器の演奏によって「聴かせる」ような音楽を作るのは苦手ですし、音楽を好きになるときに重要になる、ミュージシャンの個性やライブパフォーマンスの価値を考慮すると、AIが人間のふりをして流通に紛れ込むのはまだ少し先のはなしではないでしょうか。
AIが完全に作曲家の代替をするのはまだ先のはなしだとすれば、Amper Musicに対して見られたような作曲するAIへの期待はどんなものでしょうか。
音楽は、作品自体によって売り上げをあげる、あるいは芸術作品としての評価を得ることを目的としたものだけではありません。音楽に求められる大部分は、映像や音声などコンテンツの価値を高めたり、聴く人の気分を整えたりといった役割ではないでしょうか。
映像・音声によるコンテンツが大量に作られるなか、素早く低コストで曲を創ることへの需要が高まっていて、そこで求められるのは音楽の作品性よりもコンテンツにマッチしているか、聴き手への効果を最大限に高められるかといったことです。
大阪大学COIの作曲システムや、Amper Music、Jukedeckなどではまさにそれがうまく実現できる可能性があり、サービスの成熟によりこれからは安価で目的に適った音楽が大量に生産されることになります。こうしたことによる音楽のコモディティ化(個性や作者性がなくなり同質的なものになる)は、コンテンツ制作者にとっても視聴者にとっても待ち望まれていることなのです。
今後、AIにより作曲された音楽が爆発的に増大することが予想されますが、いまのところ、AIによる創作物に関しての著作権は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」という創作物の定義に沿わないために認められていません。
目的に適った音楽が大量に生産され、コピーや配布が可能ということになれば、音楽を活用したコンテンツの制作者やそれを楽しむ人にとってはメリットばかりで、理想的な世界が待っているようにも思われます。
AIによる作曲システムを提供するプラットフォームも、システム利用料やソフトウェア販売によるビジネスが成り立ちます。
ここで問題になるのはAIを使って、独創性がありクオリティの高い音楽を制作した人にとって、ビジネス展開が難しくなることです。ビジネスが成り立たないのであれば、価値ある制作物を産み出すモチベーションにもつながらないでしょう。
この点に関しては、「次世代知財システム検討委員会」などを通して議論が進められていて、今の流れではどうやら、AIに生成ボタンを押すなどの創作指示をして流通させた人に、なんらかの形で著作権が与えられそうです。
ただし、すべてのAI制作物に対して著作権を与えることは、流通の妨げになり誰の得にもなりませんので、「登録されたAI創作物」や「流通の結果、周知性や著名性を獲得したAI創作物」のみに権利が発生する可能性が高いようです。
AIによる作曲をめぐる知財制度上の問題はこれだけにとどまりません。
誰がどの範囲で著作権を与えられるかといった議論のほかにも、AIの創作物が既存の作品に類似しているときの著作権侵害に関してや、機械学習の教師データとして使った著作物の創作的表現が制作物に残ってしまった場合はどうするかなど、これまでの著作権の枠組みでは捉えきれないことも多く、これから議論を重ねて整備されていく必要がありそうです。
さらには、AIによって制作された楽曲がクオリティ面で人間のつくったものと遜色なくなったときに、人間の作曲家の競争力をどう守るかという問題があります。
大衆の好みをばっちり捉えた音楽が大量に流通し、無料やそれに近い料金で利用可能となれば、人間の創作したものは埋もれてしまうリスクが高まりますし、相対的に価値が下がってしまうでしょう。
「現状はまだまだ」という意見も聞かれるAIによる楽曲ですが、テクノなどジャンルによってはすでにかなりのクオリティのものも出てきています。AIがあっという間に囲碁の宇宙を制覇してしまった例も記憶に新しく、段階的に作曲の腕を上げてくることは間違なさそうです。
それによってもたらされるのはリスクや混沌だけではなく、作曲や音楽利用の可能性を広げてくれる大きなチャンスも提供してくれますので、できればうまく活用していきたいところです。AI作曲の成熟は、音楽制作のあり方や楽曲の流通を今後どう変えていくのでしょう?